千夜一夜

人生は短い、それはまるでたった1日のように

シラカン『花擤んでふゆう』は百合と想像ラジオだった


池袋あうるすぽっと FESTIVAL TOKYO

『実験と対話の劇場 - 新しい人 / 出来事の演劇 -』

 

フェスティバルトーキョーへ行ってきました。

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シラカン『花んでふゆう』について。

 

舞台を見始めたのは本当にここ数ヶ月のことだけれど、これを見て、私はかなりテキストとストーリーを重要視していることがわかった気がする。

 

女の子二人と、竹馬のIT社長、歯医者さん、野球少年(少女)と南ちゃん。

みいこちゃんともう一人の子、名前なんて言っていたのかいまいち確信が持てない。これかな、と聞いていたのがあったけどどうしてもいま思い出せないや。どなたか教えてください。

 

花粉症の話とも、花粉症に象徴される突然訪れる出来事の話、とも言われていたけど壮大なふた組の百合が主題だったんじゃないか、なんて思う。百合といったら俗かな、女の子どうしの一種歪んだ関係というか。

 

散々振り回されても、彼女と同じ病気になって同じものを感じたい。

南を甲子園に連れて行きたい。

 野球が好きだけど女子は公式試合には出られない、といえば『もしドラ』。あの話はマネージャーの南ちゃんだったけど。少年役じゃなくてほんとに女の子かあ!と思った。

 

 南ちゃんが台車に乗せられてたのを見て、以前演劇の手伝いで台車と機材を倉庫に戻す後片付けをしたとき、三人で行ったら一人エレベーターに入らきらなくて私が台車に三角座りで運んでもらったことを思い出した。自分がお荷物だ。二人で行くべきだった。

 

そして終盤。

 後ろから声が聞こえたとき、思わず振り返って上を見て探してしまった。二階席?のあたりで立ってるかな、と思って。

でも粉になって、空気中に漂っているから、居るはずがない。

風が吹いたらあっけなく消える。

そう理解したとき、この劇の全てはこのシーンのためのものだったんだ、と思った。

 

いとうせいこうの『想像ラジオ』みたいだ。

風あるいは電波に乗る死者の声。

 

 終演後のトークセッションが宮内さんによるなかなかの圧迫ディスカッションでした。

泣いちゃうなあ。褒めるにしてもそうでなくても比較はするものじゃない。パンフレットでもあったけど、お笑いがルーツでこの劇に繋がっていると言われると確かにコントっぽかったなあ、と納得。あの遊具の三角柱とか。

「俺いま人生で初めて腕組んでる!」は笑っちゃった。あと遊具のてっぺんからドリル使う場面も。みいこちゃんの鼻がなくなったところは、起きた笑いの意味が最初わからなかった。目が悪いから、ぱっと見顔が何も変わっていないように見えて。

 

不条理とその奥にあるものが好きです。

 

想像ラジオ (河出文庫)

想像ラジオ (河出文庫)